【平尾正和/ほーち】について

【平尾正和/ほーち】について

SIBERIAN NEWSPAPER(シベリアンニュースペーパー)にてドラム&パーカッションを担当するミュージシャン兼小説家。
小説家としては作風によってペンネーム『平尾正和』と『ほーち』を使い分け、KADOKAWA、竹書房、マイクロマガジン社より複数タイトルを出版。

以下略歴
1996年、高校卒業を機に大阪へ渡り、音楽学校『MIジャパン』へ入校。
このとき、のちにSIBERIAN NEWSPAPER(シベリアンニュースペーパー)で活動を共にする藤田一宏、藤田聡も同じ学校へ、そして真鍋貴之は別の学校ながら同じ大阪の学校へ進学。
さらに半年遅れて阿守孝夫が上阪する。

ハリウッド本校研修を含む2年のカリキュラムを修了後、大阪を拠点にインディーズバンドとして活動を開始。

1999年頃から阿守孝夫、平尾正和をメンバーとした『World Defense Lovers(ワールド・ディフェンス・ラバーズ)』を結成。


2001年、同バンドで2ヵ月におよぶヨーロッパツアーという名の行き当たりばったりなヨーロッパ放浪を刊行。
その際、イギリスはリバプールにてビートルズの聖地でもある『キャバンクラブ』に2夜連続で出演。
飛び込みで出演を希望し、音源を聴いてもらったら出演できたという奇跡だった。

このヨーロッパ放浪を題材にした紀行文を平尾が執筆、オフィシャルサイトで公開しており、それがことのほか好評だった。
文筆家としての片鱗はこのころから現れていたのかもしれない。

その後 World Defense Lovers は数々のライブイベントに出演し、シルク・ドゥ・ソレイユ所属ヴァイオリニストをゲストに加えたオリジナルアルバム『7 Lyrics 7 Musics』をリリースするも2004年、 解散。

解散直前に行われた神戸チキンジョージでのワンマンライブでは、以前から交流の会ったヴァイオリニスト土屋雄作をゲストに迎えた。
それがきっかけとなり、阿守孝夫と土屋雄作を中心とした翌年SIBERIAN NEWSPAPERが結成される。
SIBERIAN NEWSPAPERでの活動については『活動履歴』を参考

平尾はフリーターをしながらバンド活動をする、というバンドマンにはよくある生活を送っていた。
バンド活動が中心となるので、職場は転々としていた。
MIジャパン在校中m北浜のビジネス街で毎日数百部を配り歩く新聞配達を皮切りに、震災復興まっただ中の阪神高速復旧工事を補佐する警備員、西日本一忙しいと言われる牛丼店、無難にコンビニ勤務をしたかと思えば靴修理&合鍵制作や新幹線基地での車体清掃といった変わり種まで、様々な職種を経験した。
帽子製造工場勤務時には、習得に最低1ヶ月かかると言われた「ブレード帽子」の製作を1週間で習得するなど、自分でも思わぬ才能があることを知ることもあった。

そんな数多くの職業のなか、とりわけ適性が高いと自覚したのはテクニカルサポートだった。
派遣社員として配属されたのは大阪久宝寺にあるシャープ株式会社のお客様サポートセンターPC部門。
当時はウィンドウズPC「メビウス」シリーズをリリースしていた同社だったが、ポケコンの根強い利用者もおり、そちら方面のサポートも任されることが多かった。
ちなみに平尾自身、ポケコンの実機に触ったことはそれまでなかったし、シャープにも実機がないものがほとんどだったが、マニュアルを熟読したり、古参社員に話を聞きに行ったりしながら業務をこなしていった。

大きな転機が訪れたのは、在宅テクニカルサポートの存在だった。
たまたま雑誌の副業特集で見た平尾は、家系の足しになるのならと始めてみることにした。
初期費用として十数万円を必要としたが、超大手企業が親会社にいたので信用した。

業務は大手プロバイダーのインターネット接続やメール設定のサポート業務。
完全出来高制ということで不安もあったが、いざ始めてみるとシャープでの経験が大いに生かされ、収入は5割ほど増した。
しかも完全出来高制のため就業時間は自由、在宅なので通勤も不要。
時間にはかなりの融通が利き、バンド活動もしやすくなった。
そんななか、平尾は大阪から実家の香川県へ帰ることを決意する。

SIBERIAN NEWSPAPERというバンドは、元々関西在住のメンバーと関東在住のメンバーがおり、定期的に集まってスタジオに入る、ということがなかった。
なので、平尾ひとりが香川に帰ったところで、それほどの弊害はなかった。
むしろドラムセットをかなり自由に叩ける環境のおかげて、4thアルバム『0(ゼロ)』の制作は大いにはかどった。

しかし帰郷から1年足らずで、SIBERIAN NEWSPAPERは活動を休止する。

バンド活動をやめてからはテクニカルサポートの仕事に専念した。
個人事業主として業務委託を受けている、という形態なので、働こうと思えばいくらでも働けたので、1日の大半を業務に費やしたが、なぜか「ヒマだな」と思うことが増えた。
どこか精神のバランスが崩れていたのか、ある日、電話口の顧客と言い合いになり、業務を停止されてしまう。

収入を断たれた平尾は、ゲーム制作会社「クローバーラボ」に勤める実弟、川本浩三(ゆるドラシル、夜明けのベルカント等のメインシナリオ担当)になにかシナリオの仕事を外注してもらえないかを尋ねてみた。
そのとき「小説家になろう」の存在を教えられ、書籍化して実績があれば回せないこともない、と言われた。

幸い業務停止は約3ヵ月で解除されたが、いくつかの制限がつき、業務量がかなり減った。
業務停止期間も含めて「小説家になろう」作品を片っ端から読みあさり、人気の傾向をある程度掴んだ平尾は、2016年6月末日「死に戻りと成長チートで異世界救済」を投稿。
同年10月「小説家になろう」グループサイト「ノクターンノベルズ」に『ほーち』名義での投稿を開始。

翌2017年1~2月にかけて「ノクターンノベルズ」に投稿していた『えっ、転移失敗!? ……成功?』にオシリス文庫(KADOKAWA)から、『聖騎士に生まれ変わった俺は異世界再生のため子作りに励む』にヴァリアントノベルズ(竹書房)から、そして「小説家になろう」に投稿していた『アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります』にカドカワBOOKS(KADOKAWA)からそれぞれ書籍化の打診がくる。

しかしそれと時期を同じくして、母が病に倒れた。
腸閉塞の治療中に医療過誤があり、緊急手術となったのだが、その際小腸に腫瘍が見つかる。
検査の結果、悪性リンパ腫と診断された。
幸いステージ1という早期発見だったため、治療は順調に進むも、入院や通院の世話で業務が満足にできず、収入は激減。
なんとか繁忙期である3月に業務復帰できたが、モバイル通信が主流になりつつある時代背景もあり、業務全体が縮小され、収入が戻ることはなかった。

そこで平尾は執筆をメインにすることを決意。
それとときをほぼ同じくしてSIBERIAN NEWSPAPERの活動再開の機運が高まり、2018年10月『エストニア音楽祭』を皮切りに同バンドは再始動を果たした。
また、執筆開始時の目的だったゲームシナリオについては、クローバラボと日本一ソフトウェア共同制作のゲームアプリ『魔界ウォーズ』のイベントシナリオを担当することになった。

現在、『平尾正和』名義で『アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります』全3巻、『ほーち』名義で『聖騎士に生まれ変わった俺は異世界再生のため子作りに励む』全2巻、『えっ、転移失敗!? ……成功?』1~9巻が刊行済み。

『えっ、転移失敗!? ……成功?』は10巻以降の続刊も予定されており、さらに「ノクターンノベルズ」に投稿した新作『ハズレ赤魔道士は賢者タイムに無双する』はオルギスノベル(一二三書房)より出版が決まっている。