ほーち先生のはなし1

平尾氏、小説家を目指す1

仕事とお金がなくなり時間だけが残る

2014年に所属していたバンドSIBERIAN NEWSPAPER(シベリアンニュースペーパー)が活動を休止。
その後いろいろあって生業にしていた仕事も減り、増えるのは暇な時間と借金ばかりという日々を迎えることとなった平尾氏。

そんなある日のこと、ゲーム会社に勤める弟が不意に漏らした愚痴を耳にする。

「シナリオライターが足りない」

平尾氏、文章にはそこそこ自信があった。
バンドではブログやライブレポートなんかを担当することが多く、それなりに評判もよかったのだ。

「シナリオライターならここにいるぞ!」

平尾氏は頼まれてもいないのに手を挙げた。

「実績のないヤツに仕事は任せられん」

弟の反応は冷ややかだった。

「そこはほれ、兄弟の情でなんとかならんか、弟よ?」
「兄弟だからこそ、だ。わかってくれ、兄者」

いわんとしていることはわかる。

逆の立場で考えてみよう。
仮にバンドが活動を継続していたとして、突然のケガなり病なりで平尾氏が一時離脱した際に、そこそこドラムの叩ける弟が『ドラマーならここにいるぞ!』と手を挙げたらどうなるか。

『フジロックにでも出演してから出直してこい』

となるに違いない。
プロとして活動するということは、そういうこのなのだ。

しかし、実績とはいかにして積み上げればよいのだろうか?

小説家になろう、と彼は言った

実績を積むには具体的にどうすればいいのか、と言う問いに、弟はこう答えた。

「小説家になろう」

なるほど、小説家。

実は平尾氏、かねてより本を出版するという野望を抱いていた。
計画としては三十代半ばでバンドが売れに売れて大スターになり、四十を過ぎたあたりで『あの、SIBERIAN NEWSPAPERの平尾氏が本を出すぞ!』という、いわばバンドで得たネームバリューをもって売り出そうという計画だった。

しかし現実に三十代半ばとなったこのころ、バンドは活動を休止し、仕事もうまくいかぬという始末だった。

「小説家になるというが、いったいどうすればいいのか?」
「小説家になろう」
「それはわかったが具体的にどうすればいいのかと聞いている。出版社に原稿を持ち込めばいいのか、それともナントカ大賞みたいなものに応募すればいいのか」
「だから、小説家になろう」
「それはあれか、小説家になりたいと強く想えば願いは叶うとかいうスピリチュアルな話か?」
「そうではない、『小説家になろう』という小説投稿サイトがあるのだ」
「小説投稿サイトとな?」

この日、平尾氏は『小説家になろう』という存在を知ることとなった。
2015年の後半あたりのできごとだった。

その仕組みは、よく知っている

『小説家になろう』というウェブ小説投稿サイトがある。
通称『なろう』
そこに投稿して人気が出れば出版社から声がかかり、小説家としてデビューできるのだとか。
すでにアニメ化まで果たしている人気作も、多数生まれているらしい。

「つまり、インディーズバンドが実績を積み、メジャーデビューするようなものか」

インディーズ、すなわち自主制作レーベルを立ち上げてバンド活動をし、CDやグッズの売り上げ、ライブの動員数を増やしていけば、大手レーベルからお声がかかるというアレである。

どうやら似たようなことが、出版業界でも起こっているらしい。

勝手知ったるシステムである。
非常にわかりやすい。

ちなみにウェブ投稿サイトからのデビューを俗に『書籍化』という。
ウェブサイトに公開されているデータが、文字通り書籍としてまとめ上げられ、流通するからそう呼ばれるのだろう。
また、書籍化によってプロデビューを果たした作家は『書籍化作家』と呼ばれることもある。

「わかった。ではさっそく書くとしよう」
「待て、兄者。なにを書くつもりだ?」
「実は長年温め来た三国志のネタが……」
「却下」
「なんだと!?」
「ファンタジーを書け」
「ファンタジーとな!?」

なんでも『なろう』ではファンタジーが好まれるという。
ただ平尾氏、これまでファンタジーを書いたことも、書こうと思ったこともない。
それはそうだろう。
現実に即したブログばかり書いていたのだから。
そして書こうと思っているのも歴史ものだ。

「ファンタジーというのはあれか、小説ウィザードリィのような……」
「重い」
「ではアルスラーン……」
「固い」
「精霊の守人……」
「高尚すぎる。ファンタジーと言っても、いま好まれているのは異世界モノだ」
「異世界モノとはなんだ!?」

22015~2016年頃、いまでこそ広く知られている異世界モノだが、当時は知る人ぞ知るジャンルだった。
ただ、『なろう』や『アルファポリス』などのウェブ小説投稿サイトにおいては爆発的な人気を誇っていたのだ。

「異世界モノとは、現実世界の住人がファンタジー世界に迷い込んだり生まれ変わったりするものだ」
「なるほど、十二国記か!」
「厳しすぎる」
「アレもダメこれもダメではなにを書いていいかわからんぞ!」
「そうだな、兄者が書くべきはラノベだ」
「ラノベ?」
「ライトノベルだ」
「ライトノベルか……」

ライトノベルとは荷が重い

その時点で読んだことのあるライトノベルは、『涼宮ハルヒ』シリーズくらいのものだった。
アニメから入ったニワカである。

この難解なSFミステリーをこうもわかりやすく、かつ読みやすく仕上げるには、とてつもない技術が必要に違いないと、読み終えてのち恐れおののいたのを思い出す。
と同時にこうも思った。

俺にライトノベルは書けまい

「涼宮ハルヒなら読んだが……」
「ふむう……あれでもまだ、重いな」
「まだ重いとな!?」

これは、いよいよ自分には荷が重い。

「正直に言うが、なにを書いていいかまったくわからんぞ」

苦悶の表情を浮かべる平尾氏の顔を、弟は呆れたように眺めた。

「いや、悩む前にまず、読め」

それもそうだ。

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